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千塚 (八尾市) : ウィキペディア日本語版
千塚 (八尾市)[ちづか]

千塚(ちづか)は、大阪府八尾市の地名。581-0862、現住所表記では1丁目 - 3丁目および大字千塚。
現住所表記に変更される前は全域が大字千塚だった。
==歴史==
令制国一覧 > 畿内 > 河内国 > 高安郡 > 千塚村
旧高安郡の千塚、山畑、大窪、服部川、郡川地区あたりには古墳時代後期の小規模の古墳が多数存在しており、これらの総称として「高安千塚」(たかやすせんづか)と言い、千塚の地名の由来とされる。これらの古墳群は現在では高安古墳群と呼ばれる。清友高校建設の折に行われた発掘調査で弥生時代から鎌倉時代にかけての遺物が発見されている。その中に古墳時代の滑石製の玉製品や半製品・原石が発見されており、この地域で玉造が行われていたと考えられている。
正保郷帳の写しとされる河内国一国村高控帳によるとこの時期には千塚の地名は確認できず、山畑地区とともに大窪村に含まれていたと考えられる。それ以前の慶長見地では大窪一村にまとめられている。のちに3か村に分村されたとされる時期は正保年間から寛文年間あたりとされている。江戸時代以降、幾度か支配者が変わり、寛文9年に淀藩領となり幕末に至っている。明治以降の市町村制施行で北高安村の大字となる。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「千塚 (八尾市)」の詳細全文を読む



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